「破局」にて、2020年第163回芥川龍之介賞を受賞し、平成生まれ初の受賞で話題となった遠野遥のデビュー作。
女装をする男性が主人公、というなんとも気になるあらすじです。
作品情報・改良・遠野遥
1991年生まれで平成生まれ初の芥川賞作家となった遠野遥氏の第56回文藝賞受賞作でありデビュー作。
慶応義塾大学法学部卒業。
父親は人気バンド、BUCK-TICKのボーカルである櫻井敦司氏であることも有名です。
女の格好をして、私はなぜ美しくなりたいのだろう――希望も絶望もない大学生の私の、抑えきれない美への執着。磯崎憲一郎氏、激賞! 圧倒的に冷徹な文体の、第56回文藝賞受賞作。(公式サイトより)
あらすじ・改良・遠野遥
コールセンターでバイトをする男子大学生の主人公は、メイクやコーディネイトなど女性らしくあろうと努力を重ねます。
いつしか女装した姿を美しいと人に認められたいという欲求が抑えきれなくなり、
その姿のまま外出をするように…。
感想・改良・遠野遥 ※ネタバレ有
美を追求する男性が、自分を「女性らしさ」へと近づけるために、メイクをしたり、服を着たり、歩き方などを研究…
つまり、自分自身を自分の理想の形へと「改良」していきます。
しかし、主人公は決して女性になりたいわけではない、というのがこの作品の新しいところだと思います。
ただ自分の思う「美」へと自分を近づけていく。
そのときに他者の評価が欲しい、というごく当然な欲求が生まれた時、
主人公はトラブルへと巻き込まれていきます。
(以下ネタバレ有)
主人公が女の恰好をして外出しようとするときの、読者のハラハラ感といったらありません(笑)
主人公の心の不安定さが手に取るように伝わってきて、一緒に綱渡りをするような臨場感あふれる文章でした。
主人公の恋愛対象は女ですので、お店を利用して欲求を解消したり、
見た目が美しくはないバイト仲間の女性と関係が持てないか、画策するなど、
一般的な若い男性の感覚を主人公は持っている人物です。
その主人公が女装をすることで、「搾取」の対象と見なされ暴力を振るわれてしまうシーンは、理不尽そのもの。
美しくなることは、主人公のアイデンティティに深くかかわっている問題で、
それを蹂躙される出来事は心が痛くなります。
見た目に対する美醜への評価が、リアリティたっぷりに描かれ、
他者の評価に依存するしかない美醜の評価基準の残酷さが浮き彫りになりますが、
それを淡々と描き切る文章がすごいですね。
女装をする男性の「改良」だけではなく、
登場する女性たちもまた、自らの人生を「改良」し
なんとか生きていこうとする様を見ていると、
主人公の「改良」もまた、奇異なことではないのかもしれない、
と思えてきてしまうのでした。